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正岡子規・夏目漱石生誕150周年記念―至芸の邂逅―

『正岡子規・夏目漱石生誕150周年記念―至芸の邂逅―』開催報告


松山市立子規記念博物館/萬翠荘
主催 子規・漱石生誕150周年記念 至芸の邂逅展実行委員会
後援 松山市教育委員会/愛媛新聞社/あいテレビ/
2017年6月29日(木)〜7月2日(日)

→当日の模様(写真ギャラリー)


■生誕150周年で盛大に

 2017年は、子規、漱石の生誕150周年にあたります。それを記念して今回、2人の邂逅の地・松山で、現代作家の文学作品、および絵画・書道・工芸などの芸術作品などを一堂に集めた展覧会「正岡子規・夏目漱石生誕150周年記念―至芸の邂逅―」と銘打ち、本展は開催されました。
 今年は子規・漱石に加え、松山出身の俳人・柳原極堂も生誕150周年にあたります。さらに、秋には「松山国体」を控えていることもあり、松山市を挙げて全国に向け観光PRが盛んに行われ、また実際多くの観光客が松山の地を訪れていました。
 そのような好条件に恵まれ、市内が活況でしたので、会期中には天候が不安定な時もありましたが客足はほとんど途絶えることがなく、中には修学旅行生が団体で見学に来る姿も見られました。観光客の姿が多く見られたのは、松山市の観光ボランティア協会の方々が積極的に声をかけてくださったおかげでもあります。
 今回は子規の博物館として国内最大級の「松山市立子規記念博物館」と、国指定重要文化財でもある「萬翠荘」の2カ所にて同時開催のイベントとして執り行われました。
 全国の文学作家の作品と子規の作品を愛媛県指定伝統工芸品・桜井漆器に揮毫した特製漆盆の展示場となった子規記念博物館は、子規の一生を紹介する常設展示や近代俳句・近代短歌に関する実物資料、書籍など約6万点を収蔵しており、子規と漱石が52日間暮らした愚陀佛庵の一部復元なども展示しています。特別展示室では、燻蒸処理をしてからすべてガラスケース内に収めて展示をしました。一部の作品については職場体験の地元中学生に手袋着用の上で触れる機会も設けました。
 一方、純フランス風の洋館「萬翠荘」では、皇太子(後の昭和天皇)と同荘を建てられた久松定謨伯爵がご歓談された「謁見の間」と晩餐会のあった「晩餐の間」を舞台に、絵画・書道・各種工芸など様々なジャンルの芸術作品および文学作品を展示しました。この会場の敷地は、漱石が下宿していた「愛松亭」のあった場所でもあり、また現在「萬翠荘」の館長を務める八木健氏は『BS俳句王国』初代司会者を務め、俳人として全国区の知名度の人物であるということも、近現代の俳句の祖といえる子規を看板とした展覧会を開催するにあたってこれ以上なくふさわしい場所といえます。ご来場くださった方々は、静かに時の流れる高貴な空間の中で、全国の出展者の作品を堪能されていました。扉一枚で隔てられた二室は、白基調と黒基調で雰囲気が異なり、展示作品もそれに合わせてレイアウトされました。ひとつの会場で違う雰囲気を味わえることもまた、来場者には魅力的に感じられたようでした。

■来場者の声
●「色彩豊かで現実を忘れさせる神秘的な作品が多く感動しました」
●「懐かしいような、あたたかい感じになる作品を見て、癒されました」
●「作者の方にお会いし、お話を聞かせていただきとても感動です。一瞬の出会いがあり、大変良かったです」
●「文学作品の扇盆は、日本文化同志のコラボレーションで今までに見たことがない展示品でした。作品も心にしみる内容が多く、心が洗われた気持ちになりました」
●「作品を観て、清澄な精神が感じられ、良い時間がもてたことを嬉しく思います」
●「作品ひとつひとつ、繊細にリアルに描かれていて感動しました」
●「思いがけず、素晴らしい作品を観ることができたことに感謝します。ありがとうございました」
●「芸術作品のほか、偉人たちの絵葉書なども観ることができ、貴重な経験ができました。このようなイベントは定期的に行ってもらいたいと思いました」

■正岡子規と夏目漱石、そして加藤拓川の足跡を追う
 近代文学の礎を築いた正岡子規と夏目漱石。共に東大予備門(東京大学教養学部)で学び、生涯にわたって交友が続いたことは多くの人が知るところでしょう。
 東京で青春を過ごした2人が邂逅したのは、子規の郷里である愛媛県の松山。漱石は、英語教師として旧制松山中学校に赴任しました。その下宿先に子規が52日間居候したこともありました。互いに刺激し、高め合う中で、子規は新しい短詩型文学を確立し、漱石は近代小説を生み出します。
 この巨匠2人にとって特別な地となった松山は、子規の叔父でもあり、外交官として歴史に名を残した加藤拓川(恒忠)も輩出しています。ベルギー公使を務めるなど20年以上を欧州で過ごし、帰国後は衆議院議員・貴族院議員を歴任、その後5代目の松山市長として地域の発展に貢献した拓川は、子規の文学活動を支えた人物でもありました。拓川なくして、子規の文学的成功は有り得なかったでしょう。
 後に拓川の三男・忠三郎が、子規の妹・律の養子となり、正岡家を継いでいくことになります。子規ゆかりの品なども失われることなく、現代に伝えられることとなりました。
 本展の会場では子規研究所主宰・正岡明氏(前述・正岡忠三郎様のご子息)の提供でロンドン留学中の漱石から子規に送られた絵はがきや、子規を看病していたころの律のエプロン、松山出身の軍人・秋山好古が遺言を記した拓川宛の書簡、さらには日露戦争中に西欧でスパイ活動をした軍人・明石元二郎からの暗号文と見られる漢字の絵はがき、そして子規の病床の日記である「仰臥漫録」の写真画像など、正岡家所蔵の史料価値の高い貴重な品々を併設展示、現代作家の素晴らしい作品とともに本展を盛り立ててくれました。
 また、会期中は主要紙ほか、さまざまなメディアに取材をいただくこともでき、新聞記事やテレビのニュースを見て会場に来てくれた地元の皆様も多くいらっしゃいました。本展の取材に来ていただき、番組・記事に取り上げていただきましたあいテレビ、朝日新聞、愛媛新聞、産経新聞、テレビ愛媛(五十音順)関係者各位にはこの場を借りて厚く御礼申し上げます。

■最後に
 このように盛大かつ高評価のもとに本展を終えることができましたのは、本展の趣旨にご賛同くださいましたご出展者の皆様のお陰です。改めて、心からお礼申し上げます。
また、松山市教育委員会および当日取材にも来ていただけた愛媛新聞社、あいテレビにも後援をいただき、多方面でご協力をいただきました。子規記念博物館、国指定重要文化財・萬翠荘で完成度の高い展覧会が開催できましたことを、心から感謝いたします。
 そのほか、紙幅の関係上お名前を列記できませんが、多くの方々にお世話になりました。大勢のご出展者の方々にもご来場いただきました。重ねてお礼を申し上げるとともに、これからも魅力ある芸術展を企画・運営していくことをお約束し、本展のご報告とさせていただきます。
 ありがとうございました。