世界復興芸術祭2020

メッセージ

 未曽有の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大により、これまでの生活が一変した状況の現在、美術館の意義や役割も大きく問われています。美術館の基本はそのコレクションにあることはいうまでもないでしょう。美術館のコレクションは一朝一夕に築かれるものではなく、芸術的価値や歴史的価値、さらに経済的な価値などを踏まえた長期的な視野のもと、寄贈者の好意も含め、各館それぞれの経緯を経て形成されていくものです。そして、それは人類共通の遺産として未来永劫に受け継いでいくものとなります。
 当館は「安宅コレクション」(住友グループ21社寄贈)や「李秉昌コレクション」(李秉昌博士寄贈)をはじめとした国宝2点、重要文化財13点を含む中国陶磁と韓国陶磁を中心とした世界有数の東洋陶磁コレクションで知られています。
 現在開催中の特別展「天目―中国黒釉の美」は、そうした当館の主要コレクションを中心に、さらに長年の研究成果を生かした独自企画の展覧会です。そのため、臨時休館により開幕は延期となりましたが、中止となることなく、会期変更という形で調整して、皆様に無事ご覧いただけることになりました。

写真1
国宝
油滴天目(ゆてきてんもく)
南宋時代・12~13世紀/建窯
高7.5cm、口径12.2cm
大阪市立東洋陶磁美術館(住友グループ寄贈/安宅コレクション)
撮影:西川茂

写真2
重要文化財
木葉天目(このはてんもく)
南宋時代・12~13世紀/吉州窯
高5.3cm、口径14.7cm
大阪市立東洋陶磁美術館(住友グループ寄贈/安宅コレクション)
撮影:西川茂

 本展では、当館の国宝「油滴天目」(写真1)や重要文化財「木葉天目」(写真2)をはじめとした「天目」にスポットをあてたものです。「天目」とは、黒い釉薬のかかった茶碗です。「天目」の名は鎌倉時代にすでに見られ、当時(中国では元時代)中国の天目山に臨済宗の名僧をたずね、日本から修行に渡った僧侶たちが、帰国の際に寺院で使われていた黒釉茶碗を持ち帰ったことから、後にそうした黒釉茶碗が「天目」と呼ばれるようになったという説はよく知られています。
 日本において、やきものの国宝は計14点ありますが、そのうち中国のものが8点を占めます。実は、8点のうち5点が宋時代の天目で、曜変天目3点、玳皮天目1点、そして今回出品している油滴天目1点で、いずれも天目の最高峰であり、日本のみならず世界一の天目といえます。いずれも日本に早くに伝わり、いくたびもの戦乱や災害などを乗り越えて大切に守り伝えられ、今に受け継がれたものです。
 本展の見どころは、当館所蔵の国宝「油滴天目」を初めて免震台付回転展示台においてご覧いただけるようにしたことです。さらに、これまでご要望の多かった国宝「油滴天目」の内面をご覧いただけるよう、特別の踏み台を設置しました。ゆっくりと回転する国宝「油滴天目」の美しい斑文と虹色の光彩を360度全方向からじっくりとお楽しみいただけます。
 次に、一部作品には作品解説とともに、高精細・広波長域撮影による写真を掲示しています。これは、本展の公式図録『天目―中国黒釉の美』(中央公論美術出版)に掲載されている写真家・西川茂氏によって撮影されたものです。

写真3
黒釉白斑 壺(こくゆうはくはん つぼ)
唐時代・8〜9世紀
高18.4cm、幅23.1cm
大阪市立東洋陶磁美術館(住友グループ寄贈/安宅コレクション)
撮影:西川茂

写真4
黒釉 堆線文 水注(こくゆう ついせんもん すいちゅう)
金時代・12~13世紀/磁州窯系
高20.2cm、幅14.5cm
大阪市立東洋陶磁美術館(住友グループ寄贈/安宅コレクション)
撮影:西川茂

 色の再現において現時点で最も優れた機材を使用し、これまで肉眼ではとらえきれなかった陶磁器が本来持つ色や質感をリアルに再現しています。実際の作品との色の違いにはじめは驚かれ、あるいは戸惑われるかもしれませんが、作品をじっくりご覧いただくと、そこには写真に見られるような様々な色があることに気づかれるはずです。人間の目を超えた写真が天目の鑑賞と理解の新たな可能性をもたらしてくれるはずです。さらに自然光に最も近い当館独自の色の再現性(「演色性」)の高いLED照明により、天目の「黒」をはじめ、そこに秘められた色の多彩さをお楽しみいただけます。ぜひ皆様の目でお確かめください(写真3、4)。
 なお、本特別展に併せた特集展「現代の天目―伝統と創造」を同時開催しています。当館所蔵品をはじめとした日本、中国、フランスなど近現代の作家たちによる伝統的な天目の再現や新たな創作、さらには陶芸以外の漆器による天目など、伝統と創造による多彩な作品約30点を紹介しています。古今東西の「天目」尽くしの展示をお楽しみください。この他、当館の安宅コレクションの中国陶磁や韓国陶磁をはじめコレクション展示も併せてご覧いただけます。

 当館をはじめ国内外の多くの美術館では新型コロナウイルス感染症の流行により、臨時休館を余儀なくされました。そこに行けば見られた展覧会や作品が見られない、これまで当たり前と思っていたことが当たり前でなくなった喪失感が日を経るにつれじわじわと広がっていきました。一方、これをきっかけにウェブ配信やバーチャル鑑賞など新たな美術鑑賞の方法が急速に普及しはじめるなど、臨時休館の状況においても各館できる限りの努力や工夫に努めてきました。とはいえ、あくまで実作品を鑑賞していただくというのが美術館の本来の目的であることに変わりはありません。
 幸い、万全の感染症対策を講じた中、当館は6月2日にようやく再開することができましたが、いつもの作品がいつもの場所にあり、それを来館者の皆様に見ていただけるあたりまえの日常の有り難さを痛感しています。
 こうした状況において改めて実感したのがコレクションの力です。コレクションが美術館の生命線であるということです。コレクションの充実と利活用という本来美術館にとってあたりまえのことが、コロナ禍の状況において、本来の使命であることに改めて気づかされます。大規模巡回展や人気のあるテーマの借り物の作品でたくさんの人を呼び込むことも美術館にとってはもちろん普及活動の一つといえます。しかし、「三密」状態で成立する従來の展覧会は、これからは望むべくもありません。適切な人数でゆったりと美術品を鑑賞するという多くの人々が持つ美術館イメージが、皮肉にもコロナ禍により実現されることになったことはむしろ歓迎すべきことでしょう。
 「ウィズコロナ」、そして「アフターコロナ」の時代に向けて、美術館はすでに動き始めています。様々な感染症対策はもちろんのこと、持続可能な美術館の新たな運営モデルを再構築する道は決して容易ではありません。しかし、従来の常識が成り立たなくなった今、美術館も新たな時代において人々にとって必要とされ続けるためには、常に変わり続けなくてはなりません。コレクションの力は無限であり、その力を引き出す美術館の役割にも無限の可能性があるはずです。その可能性を拓くためには、常識や既成概念にとらわれず、継続的な調査研究を進め、様々なジャンルの人々と交流するとともに、最先端の技術も取り入れながら、新たな展示や鑑賞方法、そして教育・普及活動などのあり方などを模索し、実践し続けることが何より大切であり、それが学芸員としての責務の一つといえます。

 当館の国宝「油滴天目」をはじめ、本特別展で見られる作品は800年余りの時を経て、いずれも今ここにあること自体が「奇跡」といえるものばかりです。「新しい生活様式」が提唱されるなか、こうした美術作品との「出会い」が、一人でも多くの方にとって心のやすらぎや生活の糧につながることを心から願っています。

小林仁(大阪市立東洋陶磁美術館学芸課長代理)

【開催要項】
1.   名 称:特別展「天目―中国黒釉の美」
2.   会 期:令和2(2020)年6月2日(火)~11月8日(日)(開催日数138日)
 ※展覧会終了日を8月16日から11月8日に延期いたしました。
3.   会 場:大阪市立東洋陶磁美術館・I室
大阪市北区中之島1-1-26(大阪市中央公会堂東側)
 ・京阪中之島線「なにわ橋」駅下車すぐ
 ・Osaka Metro御堂筋線・京阪本線「淀屋橋」、
Osaka Metro堺筋線・京阪本線「北浜」各駅から約400m
4.休 館 日:月曜日(8月10日、9月21日は開館)、8月11日(火)、9月23日(水)
5.開館時間:午前9時30分~午後5時(入館は午後4時30分まで)
6.入 館 料:一般1,400(1,200)円、高校生・大学生700(600)円
※( )内は20名以上の団体料金
※中学生以下、障がい者手帳などをお持ちの方(介護者1名を含む)、大阪市
内在住の65歳以上の方は無料(証明書等提示)
 ※上記の料金で館内の展示すべてをご覧いただけます。
7.主 催:大阪市立東洋陶磁美術館
8.共 催:NHK大阪放送局、NHKエンタープライズ近畿
9.同時開催:[特集展]現代の天目―伝統と創造
[コレクション展]安宅コレクション中国陶磁・韓国陶磁、李秉昌コレクショ
ン韓国陶磁、日本陶磁、沖正一郎コレクション鼻煙壺

 

HP : 大阪市立東洋陶磁美術館