色の再現において現時点で最も優れた機材を使用し、これまで肉眼ではとらえきれなかった陶磁器が本来持つ色や質感をリアルに再現しています。実際の作品との色の違いにはじめは驚かれ、あるいは戸惑われるかもしれませんが、作品をじっくりご覧いただくと、そこには写真に見られるような様々な色があることに気づかれるはずです。人間の目を超えた写真が天目の鑑賞と理解の新たな可能性をもたらしてくれるはずです。さらに自然光に最も近い当館独自の色の再現性(「演色性」)の高いLED照明により、天目の「黒」をはじめ、そこに秘められた色の多彩さをお楽しみいただけます。ぜひ皆様の目でお確かめください(写真3、4)。
なお、本特別展に併せた特集展「現代の天目―伝統と創造」を同時開催しています。当館所蔵品をはじめとした日本、中国、フランスなど近現代の作家たちによる伝統的な天目の再現や新たな創作、さらには陶芸以外の漆器による天目など、伝統と創造による多彩な作品約30点を紹介しています。古今東西の「天目」尽くしの展示をお楽しみください。この他、当館の安宅コレクションの中国陶磁や韓国陶磁をはじめコレクション展示も併せてご覧いただけます。
当館をはじめ国内外の多くの美術館では新型コロナウイルス感染症の流行により、臨時休館を余儀なくされました。そこに行けば見られた展覧会や作品が見られない、これまで当たり前と思っていたことが当たり前でなくなった喪失感が日を経るにつれじわじわと広がっていきました。一方、これをきっかけにウェブ配信やバーチャル鑑賞など新たな美術鑑賞の方法が急速に普及しはじめるなど、臨時休館の状況においても各館できる限りの努力や工夫に努めてきました。とはいえ、あくまで実作品を鑑賞していただくというのが美術館の本来の目的であることに変わりはありません。
幸い、万全の感染症対策を講じた中、当館は6月2日にようやく再開することができましたが、いつもの作品がいつもの場所にあり、それを来館者の皆様に見ていただけるあたりまえの日常の有り難さを痛感しています。
こうした状況において改めて実感したのがコレクションの力です。コレクションが美術館の生命線であるということです。コレクションの充実と利活用という本来美術館にとってあたりまえのことが、コロナ禍の状況において、本来の使命であることに改めて気づかされます。大規模巡回展や人気のあるテーマの借り物の作品でたくさんの人を呼び込むことも美術館にとってはもちろん普及活動の一つといえます。しかし、「三密」状態で成立する従來の展覧会は、これからは望むべくもありません。適切な人数でゆったりと美術品を鑑賞するという多くの人々が持つ美術館イメージが、皮肉にもコロナ禍により実現されることになったことはむしろ歓迎すべきことでしょう。
「ウィズコロナ」、そして「アフターコロナ」の時代に向けて、美術館はすでに動き始めています。様々な感染症対策はもちろんのこと、持続可能な美術館の新たな運営モデルを再構築する道は決して容易ではありません。しかし、従来の常識が成り立たなくなった今、美術館も新たな時代において人々にとって必要とされ続けるためには、常に変わり続けなくてはなりません。コレクションの力は無限であり、その力を引き出す美術館の役割にも無限の可能性があるはずです。その可能性を拓くためには、常識や既成概念にとらわれず、継続的な調査研究を進め、様々なジャンルの人々と交流するとともに、最先端の技術も取り入れながら、新たな展示や鑑賞方法、そして教育・普及活動などのあり方などを模索し、実践し続けることが何より大切であり、それが学芸員としての責務の一つといえます。
当館の国宝「油滴天目」をはじめ、本特別展で見られる作品は800年余りの時を経て、いずれも今ここにあること自体が「奇跡」といえるものばかりです。「新しい生活様式」が提唱されるなか、こうした美術作品との「出会い」が、一人でも多くの方にとって心のやすらぎや生活の糧につながることを心から願っています。
小林仁(大阪市立東洋陶磁美術館学芸課長代理)