東北地方太平洋沖地震被災者応援メッセージイベント
会場:東京国際フォーラム7階ラウンジ
会期:2012年7月7日(土)~9日(月)
「東京の顔」からみやぎへ応援メッセージを発信
本展の会場となった「東京国際フォーラム」は、地下1階に相田みつを美術館を有し、今や世界を股にかけるニューヨークの建築家、ラファエル・ヴィニオリによる設計で旧東京都庁跡地に建てられた国内最大の多目的複合施設です。今年で15周年を迎え、毎年ゴールデンウィークの時期に開催するフランス発のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」をはじめ、ブロードウェイミュージカルや、有名ミュージシャンのコンサート、企業の新商品の発表や大規模な就職説明会など、多種多様な催しに対応可能な会場やホールを完備し、正に「東京の顔」として多くの人々に今もなお愛されております。
208の言葉の力を信じて
昨年の震災以来、日本全体で東北の復興に取り組んで参りましたが、原発の問題や瓦礫の受け入れ先など、未だ被災者の取り巻く現状は多くの課題を残し、一年経った今でも更なる支援が必要な状況であることは申し上げるまでもございません。この度の「みやぎの思い出写真展」は、震災を風化させず、そして一日でも早く元の美しい宮城の風景を取り戻して欲しいという願いを七夕に託す意味で7月7日から3日間開催されました。会場の7階ラウンジ入口に飾られた七夕の笹には、出展者の他に宮城県県知事や市長、そして、みのもんた、いしだあゆみ、大和田伸也、美川憲一、サンドウィッチマンといった大物芸能人から送られたメッセージ短冊を取り付けました。そして会場内に立てられた4列の展示パーテーションには「失われた宮城の美しい風景をもう一度見たい」という声に応えるべく宮城県の南北社から発行された「みやぎの思い出写真集」に収録された震災前の宮城の風景写真に復興への願いなどが込められた俳句や短歌、川柳、詩などを一作ずつ添えて制作した写真パネルを合計208点展示いたしました。
会場に併設した宮城ミニ物産展では、宮城ふるさとプラザ(池袋)から取り寄せた「ふかひれスープ」、「鯨の大和煮」などの人気商品の他に、『みやぎの思い出写真集 海と 風と 町と』(南北社刊)、『東日本大震災詩歌集 悲しみの海』(冨山房インターナショナル刊)、『復興の祈り』(小社刊)をチャリティー販売し収益の一部を宮城県へ寄付することが出来ました。
総売上金額 89,259円
募金金額 11,718円
寄付金総額 45,153円
※チャリティー販売及び募金受付期間7月7日10:00~7月9日15:00まで (閉館時間18:00~翌10:00を除く)
■オープニング 7月7日 13:00~
オープニングセレモニーは、同館6階にて行われました。生憎の天気にも関わらず、大勢の出展関係者が訪れ、会場へ駆けつけて下さいました南北社プランナーの矢吹浩二様、正岡子規研究所の正岡明様両名からスピーチを頂き、テープカットの後は和やかな立食形式のパーティーとなりました。以下にスピーチ内容をご紹介します。
弊社代表 小林義隆
「本日はご多忙中のところ、みやぎの思い出写真展オープニングセレモニーにお越し頂き、誠にありがとうございます。本展開催にあたり、正岡子規研究所から子規の子孫であり評論家の正岡明先生、また、本展に写真提供でご協力頂きましたみやぎの思い出写真集制作委員会から矢吹浩二様にご出席頂き、厚く御礼申し上げます。実行委員の代表と致しまして一言ご挨拶申し上げます。
皆様ご存知の通り、昨年3月11日に東日本大震災が発生致しました。特に東北地方に与えた被害はわたくしたちの想像をはるかに超え、被災地に長期にわたって復興支援が続けられております。震災により、お子様やお年寄りをはじめ、心に傷を負った方が大勢いらっしゃいます。そういった方々のお心を少しでも癒せるように、震災前の美しかった風景を写真を見て頂こうと、今回のイベントを開催することとなりました。被災地の近況を伝えるニュースは日々少なくなっており、東北地方の被災者のみなさまが、今現在どのような生活をされているのか、離れて暮しているわたくしたちが考える機会が少なくなっているのも事実であります。今回のイベントを通じまして、多くの方が被災地の近況に目を向けるきっかけとなれば幸いでございます。
最後に、本展の舞台となりました宮城県をはじめ、被災地の一日も早い復興を祈り、開会の挨拶とかえさせて頂きます。本日は誠にありがとうございました」
南北社 矢吹浩二様
「みやぎの思い出写真展、東京都内での開催ということで大変嬉しく思っております。この写真展におきましてご協力を頂きましたみなさまに、厚く御礼申し上げます。わたくしどもで発行致しました『みやぎの思い出写真集』は、被災地のある方の一言がきっかけになっております。震災直後、連日のように被災地の惨状を伝える映像や記事でしたが、『もう見たくない。それよりも震災前の美しかった姿が見たい』という言葉を聞きました。この言葉をきっかけに、昨年の5月の初旬、以前の美しかった頃の風景を集めた写真集を発行しよう、そして発行した写真集を被災された方々のお手元に届けようと取り組みを始めました。完成しましたのが昨年の10月、それから約1ヶ月をかけて、宮城県の津波による被害を受けた方々が住まわれる仮設住宅、約3万3000世帯に届けさせて頂きました。大変嬉しい反響も多く頂くことができたと実感致しております。写真集の発行におきましては、写真のご提供や資金的なご協力など、今でも感謝の気持ちに絶えません。多くの方々に喜んで頂いたのは事実なのですが、この写真集の発行が、さまざまな広がりを見せてくれました。今回の写真展開催もその中の一つであります。被災地宮城では、震災からの復旧・復興も進み、だいぶ平常時に近いような状況も見られますが、実際の復興には、これから5年10年、まだまだ時間がかかります。またわたくしは、被災地が見舞われている二つの風を感じています。一つは風評被害、もう一つは震災の記憶の風化という風です。こういった風を払拭していくのも、地元に住む我々の使命だなと感じております。そんななかで今日開催されます写真展で、震災前の宮城の風景をみなさまにご覧頂き、少しでもこれから長い時間、被災地それから東北に対しての思いをお寄せ頂きたいと感じております。また一つみなさまにお願いがございます。機会がございましたら是非、東北どこでも結構です、ぜひお越し下さい。みなさまにお越し頂くことが、復興の一番の力になるということを信じております。本日は誠にありがとうございました」
正岡子規研究所 正岡明様
「先ほど作品を全部見せて頂きまして、素晴らしい東北の写真と詩情あふれる詩歌との見事なコラボレーションに感動致し、このようなイベントの成功を心よりお慶び申し上げます。
東北と申しますと、わたくしのイメージとしては、日本人の心のふるさとという感じがして仕方がありません。以前ある歌人の方と対談したことがあるのですが、日本の心の磁場が東北にあって、みんな北に引きつけられるのではないかとおっしゃっていたのが印象に残っております。実は私は元々庭作りと樹木医をやっておりまして、私自身の東北のイメージとしては、私の一番好きな樹木、白い花を着ける辛夷が一番きれいに咲く早春の風景をいつも抱いており、その季節の東北に一度行ってみたいと思っているのですが、今まで10回も行っていて未だ実現しておらず、私の夢になっております。
また子規と東北の関連としては、まず明治26年、子規が26歳のときに東北を旅しています。22歳のときに喀血して結核を抱えながらもこの頃はまだ元気で、現在も鶯谷に公開されております子規庵から出発して仙台、松島、秋田、岩手と芭蕉の足跡を辿って東北を旅するんですね。そして帰ってきて『果て知らずの紀』という紀行文を書いております。それから明治29年に、昨年起こった大震災と同じような規模の明治三陸海嘯という大津波が起こりまして、彼は新聞『日本』の記者だったので次のような記事を書いております。三陸海嘯『太平洋の水湧きて 奥の浜辺を洗ひ去る あはれは親も子も死んで 屍も家も村も無し 人すがる屋根は浮巣のたぐひかな』という新体詩と俳句を発表しています。もう一つは東北震災『奧の海荒れて人溺れ 出羽の地さけて家くずる 火宅の住居今さらに 心安くもなき世かな 地震さへまじりて二百十日かな』も発表しています。
このころから100年以上経って、あの写真のような素晴らしい東北の風景に復活していたわけです。今回また地震で壊されましたけれども、この写真や詩歌のように戻っていくことでしょう。日本人はすごく我慢強い、特に東北の人は上品でねばり強いのできっと一歩一歩前へ進んで行かれる。これは日本人全体の特質かもしれません。それと同時に、日本は世界に類を見ない素晴らしい自然と繊細な季節を有しており、かつ見事な自然の復元力を持っています。荒野になってもすぐに草が生えて木が生えるという恵まれた自然を持っております。ですから、そういった日本がこれからも復興を遂げてくれると信じております」
会場のラウンジスペースからは、東京駅から出発する新幹線をはじめ様々な電車が良く見え、鉄道ファンにとっては穴場的存在とのこと。開催が土曜日からということもあって、電車を見るために子供を連れて訪れる方も多く見受けられました。他には、知り合いのブログを見て駆けつけたという方やパネルに使用された写真を撮られた方の関係者など様々な方にご来場いただきました。「宮城は本当にいい所なんです。皆さん是非いらして下さい」と目に涙を溜めじっくりとパネルを眺めているご年配の方の姿が印象的でした。
日々震災の報道が減って行く中で、『震災を風化させず心が前向きになるような展覧会を』と取り組んで参りましたが、「是非がんばって続けて欲しい」など逆にこちらが励まされる一幕も。
展示した写真パネルは勿論、来場者からも応援メッセージを頂いたり、会場内に併設した宮城ミニ物産展を設置することで更に復興支援への意識を高める催しとなりました。
■最後に
本展の成功を収めることができたのは、ひとえにご参加いただきました出展作家の皆様方のお蔭であります。心より感謝申し上げます。今後とも皆様方の更なるお力添えを賜りますようお願いいたしますと共に、皆様のご発展を心よりお祈り申し上げます。
(みやぎの思い出写真展実行委員会)
短冊に寄せて頂いたメッセージの一部
祈 早期復興 (宮城県知事 村井嘉浩)
前進松島 (松島町長 大橋健男)
愛と希望の復興 (岩沼市長 井口経明)
みんなの応援に感謝です (白石市長 風間康静)
ともに、前へ 仙台 (仙台市長 奥山恵美子)
支えあう人の心に明日を思う (石巻市長 亀山紘)
心からの笑顔を求めて新たな未来へ (名取市長 佐々木一十郎)
東日本大震災の経験を決して風化させることなく、一日も早い復旧・復興と、災害に強いまちづくりを目指して。 (塩竈市長 佐藤昭)
全国の皆さんのご支援を受けながら復興一筋奮闘中(気仙沼市長 菅原茂)
気心腹人己 (みのもんた)
子供達に笑顔を!! (佐々木主浩)
良い夢ふくらめ!! (朝丘雪路)
今 人が人を助ける心が確実に生れた(笑福亭鶴瓶)
蒼天の瓦礫を映す植田かな (道草 辰巳 郎)
これからも一緒に力強く歩んでまいりましょう (美川憲一)
一歩・・・一歩・・・いつか大きな一歩へ (大和田伸也)
美しくて穏やかな東北が大好きです!! どうぞ皆様御体を大切になさって下さいね (いしだあゆみ)
前進宮城!! (サンドウィッチマン 富澤たけし)
世界中が東北の復興を楽しみにしています! 見せましょう! (サンドウィッチマン 伊達みきお)