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アートの現場から
これからの岡本太郎美術館を目指して
川崎市岡本太郎美術館
川崎市岡本太郎美術館は生前の岡本太郎氏から主要作品の殆どを川崎市に寄贈されたことによって1996年に誕生した。館は常設展示室と企画展示室の二つの展示室をもち、合わせて年間八本の展覧会を行っている。この他には普及活動として展覧会に関わる様々なイベントやワークショップなどが活動のメインだが、その中には近隣の幼、小、中、高、大学、特別支援学校などの校外学習を受け入れる鑑賞教育にも力を入れている。 ところが、今年の春先から始まった新型コロナウイルスの蔓延により、一時は休館を余儀なくされ、イベントも自粛、学校団体の受け入れも大幅に縮小する事態となった。 この事態を受け美術館では「この危機をチャンスに変えろ」とばかりにVRを使い美術館に来られなくてもバーチャルな映像空間で作品を鑑賞してもらう手を打った。これが思った以上に人々の共感を得ることができ、連日館のHPには普段の何十倍ものアクセスがあり、テレビ、新聞などのメディアでもVR美術館を取り上げてくれた。展覧会の全貌をVR映像ですべて見せるなどこれまでにない発想の転換である。 考えてみればコロナ禍は多くの問題を私たちに突きつけてくれていると思う。経済は右肩上がりでなくてはならないのか。飲食店やコンビニは深夜まで営業しなくてはならないのか。観光業はインバウンドなくしては存続できないのか。危機に対応する医療体制は整っていたのだろうか。コロナが我々に教えてくれるものは、合理性、利便性、経済性を優先させたが為に危機意識を忘れ、安全性を損ない、人と人が助け合うという精神さえ忘れかけている社会に大きな警鐘を鳴らしているようにも思える。コロナウイルスは簡単には無くならない。例え科学の力によってこれを克服できたとしても、第二第三のウイルスは誕生する。どのような危機を迎えようと動じない社会構造の見直しは必要だが、それを支えるのは偏見や差別を生まない人と人との強固な結びつきである。高い経済力を持つ国であればあるだけ人間としての高い倫理観を持得なければならない。それを育て上げていくのが教育の役割であり芸術の力だと思う。それを担う美術館の役割は重い。これまでのように泰西名画を並べて集客を目指す展覧会の開催だけでは済むはずがない。経済的な余裕だけで人の心は豊かになるだろうか。バブル時代に私たちは芸術や美術品をどのように扱ってきただろうか。つい最近味わったばかりである。芸術はなぜ人間の社会を豊かにするのか。古代から人間にとって芸術とは何だったのか。何故人間は芸術が必要なのか。総じてその芸術とは何なのか。これからの美術館はこのことを改めて再考する必要があると思う。おそらく今後はどこの美術館でも文化施設でもVR映像のような情報のデジタル化とリモート発信に力を注いでゆくだろう。しかしそれは手段に過ぎない。バーチャルにリアルな情報を盲目的に発信すればそれですむものではない。 その情報には、人の心を豊かにするだけでなく、芸術の持つ力を人々が共有し、その力によって人々が強く逞しい結びつきを持つことのできるコンテンツを持つことが重要である。 幸いにも、当館は岡本太郎という芸術家を冠に掲げた美術館である。その岡本太郎こそ、芸術とは何なのかを深く掘り下げた芸術家の一人なのである。絵画、彫刻、写真など多彩な芸術表現を試みた彼は、戦前フランスで民族学を学んでいた。戦後は縄文土器の再発見など芸術品として認められていない民族資料に人間の根源性を見いだし、自身の作品を通じて芸術が特別なものでなく人間の生きる証であることを強調した。「芸術とは人が生きること」だとも断言している。作品だけでなく、彼の残した著作には芸術、文化、歴史、風俗など生活のあらゆる事象につい言及し、芸術と人間との関りの重要性を説いている。これらには今の私たちが生き抜くための多くの示唆を与えてくれている。コロナ禍を乗り越える岡本太郎美術館こそ、彼の思想、哲学を改めて思い起こし、彼の精神を受け継ぐような事業を行うことによって、人々に愛され、社会の役に立つような美術館になるのだと思う。そのためにはまず、ここで働く私たちが岡本太郎になることも大切だ。岡本太郎美術館は単に彼の作品を飾って鑑賞していただくだけの場にしてはならない。彼の思想、哲学から学び一人でも多くの人が豊かに、逞しく生活できるきっかけの場となれることを目指していきたい。 (原文テキスト : 大杉浩司 ※本文は2020年に執筆された原稿を一部加筆修正しています。2021.5.7)
大杉浩司(おおすぎひろし)
川崎市岡本太郎美術館学芸員 岡本太郎記念館客員研究員 1960年広島県生まれ。多摩美術大学大学院美術研究科修了。川崎市岡本太郎美術館の設立準備から学芸員として勤務し、川崎市民ミュージアム学芸員を経て現職。主な展覧会「太陽の塔からのメッセージ」「明日の神話完成への道」「まる裸の太郎」「ゴジラの時代」「岡本太郎美術館20周年展」他。 著書「岡本太郎にであう旅」
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